
vol.454(発行日: 2025年8月5日)
キラキラ輝く校友にインタビュー!!
今回ご登場いただくのは、大阪工業大学高等学校の卒業生で、
「森のようちえんウィズ・ナチュラ」の代表である岡本麻友子さんです。
現在の活動や高校時代の印象的な出来事などについてうかがいました。
自然という学び舎で
子どもたちと共に成長していきたい
大阪工業大学高等学校・普通科
1994年3月卒業
岡本 麻友子
さん
(おかもと まゆこ)

現在、どのような活動をされていますか。
奈良県天理市で「奈良っ子はぐくみ自然保育認証制度」の第一号認証園である「森のようちえんウィズ・ナチュラ」を主宰し、子どもたちの主体性を大切にした保育を実践しています。園舎はなく、学びのフィールドはキャンプ場や里山。年長さんから年少さんまでが年齢を越えた少人数の関わりの中で、自らやりたいことを見つけ、大人の温かな見守りのもと、雨の日も雪の日も五感を使って学んでいます。給食では発酵食を取り入れ、子どもたちの手作り味噌や醤油、栽培した野菜などを使ったメニューを提供し、命の恵みに感謝しながらみんなでいただきます。また、地域の伝統的な食文化を子どもたちに伝えたいという思いから、ご近所のおばあちゃんに干し柿づくりを教わることもあります。
私たちが活動を継続できるのは、保護者のサポートや地域の方々の協力があってこそ。子どもたちが多様な価値観に触れられる機会を大切にし、たくさんの人の温かい眼差しの中で豊かな感性を育んでほしいと考えています。

なぜ、森のようちえんを始めたのですか。
森のようちえんを知ったのはニュース番組でした。テレビに映った子どもたちのキラキラした目に心を打たれ、少し離れたところから子どもたちを見守るスタッフの姿にも感銘を受け、これが私の理想とする保育だと思ったんです。
短大を卒業し保育士になる夢を叶え、私立保育園で5年間働いていました。ところが、園の方針と自分の目指したい保育の間にギャップを感じるようになり、保育士の職を手放そうと決断。その後、美容関係の仕事に携わる中で、お客様から子育ての悩みを聞くことが増え、「子どもには問題がない。子どもらしい言動や行動を大人が勝手に問題視しているだけ」と気づかされました。
私自身、子どもの頃から母との関係に葛藤があり、保育士時代に多くの親子と接する中で、「お母さんが子どものために一生懸命頑張ることが、時に子どもの自立心を奪い、親子関係に歪みを生むのではないか」と感じるようになりました。それは、自分の幼少期の記憶とも重なります。私の人生のテーマは、親子の思いのズレや心のすれ違いを解きほぐすこと。自分自身がその壁を乗り越え、同じ悩みを抱える人の力になりたいという思いが次第にふくらみ、2010年に「森のようちえんウィズ・ナチュラ」としての活動をスタートしました。
大阪工業大学高等学校へ進学した理由、また高校時代に熱中したことは何ですか。
母と距離を置きたくて、自宅から遠い高校への進学を考えていた頃、親友が「建築士を目指して大阪工業大学高等学校を受験する」と話してくれました。片道約2時間の大工大高校は私にとっても理想的で、一緒に受験することを決めたんです。建築には全く興味がなかったのですが、「建築士になりたいから、大工大高校に行きたい」と母に嘘をつき、土下座までしました。母は私の本心に気づいていたようですが、友達が一緒ならと許してくれました。
中学の頃、高校野球に夢中になり、高校では野球部のマネージャーになろうと決めていました。ところが入学時、野球部にそのポジションはなく、諦めきれず親友と共に部員や顧問の先生へ直談判。どうにかマネージャーにはなれたものの、最初は戸惑う部員が多く、しばらくは仕事を与えられませんでした。ティーバッティングのトスの上げ方などを教わるうちに少しずつ打ち解け、任される仕事が増えていきました。甲子園出場を目指す春夏の予選大会では、選手がベストを発揮するために、自分に何ができるかを真剣に考え続けました。その経験は、今の活動にもつながる原点となっています。

高校生活で印象に残っている出来事や、思い出深い先生について教えてください。
女子全員で水泳の授業をボイコットしたことです。当時、同学年の女子生徒は4人で、体育の授業は他学年の男子と合同。水着姿に向けられる視線が気になり耐えきれず、柔道やラグビーといった激しい接触のある競技をさせられることにも嫌悪感を持っていた私たちは、更衣室から出るのを拒みました。すると担任の先生がやって来て、「体育の先生が単位を出さないと言って怒っている。お願いだから出てきてくれ」と、涙ながらに訴えかけてきました。その姿を見て、申し訳なさが込み上げ、深く反省しました。あの涙は今でも胸に刻まれています。野球部の顧問でもあった優しい先生で、生徒との心の距離が近く、わがままな女子たちの話にいつも穏やかに耳を傾け、諭してくださいました。先生はすでに亡くなられましたが、最後のお別れの席に参列したときは、あふれる涙をぬぐいながら、先生に認めていただける自分になろうと、静かに心に誓いました。
これからチャレンジしたいことや夢はありますか。
全国的に保育士不足が進む一方で、森のようちえんで働くことを希望したり、そうした地域へ移住したりする保育士が増えており、自然保育への関心の高まりを感じています。ただ、少子化の影響もあり、新たに園を増やすのは難しいのが実情です。だからこそ、既存の認可保育園で自然と関わる時間を増やしたり、自然保育に特化した認可園の開設を進めていくことが、私の果たすべき役割だと考えています。また、子どもたちだけでなく、その成長に関わる先生や保護者のウェルビーイングも高める活動に注力し、日本の子どもたちが自分の力で幸せを築ける社会を目指していきたいです。何事も諦めないのが私の信条。恥ずかしくない背中を、これからも子どもたちに見せ続けたいと思います。
